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東京高等裁判所 昭和59年(ラ)433号 決定

抗告人

株式会社宝商会

右代表者

宮脇武久

右代理人

千葉景子

主文

本件抗告を棄却する。

理由

一本件抗告の趣旨は、「原決定を取り消し、本件不動産の抗告人に対する売却を不許可とする。」というにあり、その抗告理由は、別紙「抗告理由」記載のとおりである。

二そこで検討するに、本件記録によると、次の事実が認められる。

評価人海老塚卓作成の昭和五八年一一月一六日付評価書によると、同評価人は、原決定添付物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)の評価に際し、本件建物の敷地所有宗教法人薬王寺代表役員増田丹秀に対する質問調査により、本件建物は債務者本多力男(以下「本多」という。)の居宅及び事務所として使用されているが、同年三月ころから空屋となつており、同人は所在不明であること、本件建物の敷地(以下「本件土地」という。)は借地であり、昭和五一年二月一四日賃貸人薬王寺、賃借人本多力男間で借地面積59.40平方メートル、期間二〇年、賃料(現行)月額六五三〇円、支払条件三か月分前払(ただし、同五八年三月分まで支払ずみ)の約束で借地契約が締結されているものと認めたうえ、本件建物を一六一三万円(うち右借地権価格四八一万円)と評価し、また、執行官飯島孝作成の昭和五八年一二月二八田付現況調査報告書によると、同執行官は、同年一一月二日本件建物の現況調査に際し、本件建物の立入り調査及び前記増田丹秀に対する質問調査により、太件建物は、本多が所有占有し、本件土地をその敷地として前同様の借地権に基づいて占有しているものであるが、同年三月ころから家財、事務用具が放置されたままの状態で同年一一月二日現在空屋であり、賃料も同年三月分まで支払ずみである旨報告している。さらに、原裁判所は、昭和五九年五月二二日本件建物について、買受人が引受けるべき賃借権等の権利は存しない旨表示し、その備考欄に「昭和五八年一一月二日現在空屋」である旨付記した物件明細書を作成し、同五九年六月六日前記評価書の評価に基づいて最低売却価額を一六一三万円と決定したうえ、期間入札の売却実施命令を発し、原裁判所書記官は、同月二〇日右命令に基づいて、開札期日同年七月二〇日、売却決定期日同月二七日、最低売却価額一六一三万円等とする期間入札の公告をした。前記物件明細書の写しは前記評価書、現況調査報告書の各写しと共に同年六月二二日から原裁判所書記室に備え置いて一般の閲覧に供された。なお、同年七月一二日債権者日本ハウジングローン株式会社は、債務者本多が本件土地賃料を同五八年四月分から未払いであるとして、原裁判所に同年四月分から同五九年七月分までの賃料合計一〇万四四八〇円の代払許可申請をし、その許可に基づいて右金員を弁済供託した。原裁判所は、同年七月二〇日午前一〇時開札期日を開き、保証金三三〇万八〇〇〇円を提供したうえ入札価額一六五四万円で買受け申出をした抗告人を最高価買受申出人と決定し、ついで同月二七日午前一〇時売却決定期日を開き、抗告人を本件建物の最高価買受人として、本件売却許可決定をした。なお、同日本件土地の賃貸人薬王寺は、原裁判所に対し、本件土地の賃貸借契約が賃借人本多の賃料不払等により同年六月一八日終了したので、本多らを被告に本件建物収去・土地明渡等請求の訴えを同年七月一七日付で提起し、現に係属中であることを理由に、本件不動産競売手続の事実上の停止等の取扱い方を希望する旨の申述書を提出した。また、同年八月六日債権者日本ハウジングローン株式会社は、前同様の理由により原裁判所の代払許可を得たうえ、同年八月から一〇月までの三か月分の本件土地賃料合計一万九五九〇円を弁済供託した。

三(一)  抗告人主張の抗告理由(1)について

前記二認定のとおり、原裁判所は、評価人の評価に基づいて、右評価額を適正と認め、本件建物の最低評価ママ額を一六一三万円と定めたものであつて、右価額決定には不相当とする点はない。また、物件明細書についても、執行官の現況調査報告書を参酌して前記二認定のような内容を記載したものであつて、右記載内容、方法には不相当とする点はない。もつとも、前記認定によると、債務者(賃借人)本多が本件土地の賃料を昭和五八年三月分まで支払つたのみであり、同年一一月二日の前記現況調査当時本件建物は空屋であつたことが認められるから、いずれ本件土地賃貸借契約は、賃貸人薬王寺から賃借人本多の賃料不払を理由とする解除の主張がされることが予想されるうえ、現に前記のとおり右当事者間に本件建物収去、土地明渡請求訴訟が係属中である。しかし、賃貸人が、本件土地賃貸借契約について未だ解除の意思表示をしていない時点は勿論、現に本件建物収去、土地明渡訴訟を提起している場合であつても、賃貸人の右請求認容の確定判決が未だ存しない時点において、執行裁判所が、物件明細書上、本件土地の賃貸借契約の帰すうについて、予め右契約上の権利内容に変更があるものとして、これを前提に実体的な判断を示す結果となる意見を表示することは相当でないものというべきである。したがつて、原裁判所が、本件物件明細書作成に際し、本件建物の占有関係について、本件記録中の客観的資料に基づいて、本件建物が昭和五八年一一月二日現在空屋である旨記載するに止め、また、本件評価書及び現況調査報告書において、本件建物の敷地利用関係について、前記二認定のような本件土地の借地権の内容及び賃料支払状況を記載するに止めたことは相当というべきであつて、それ以上の本件土地賃貸借契約の帰すうについての判断は、本件記録中のこれらの資料等に基づく買受申出人の判断に委ねられているものというべきである。そして、仮に、将来本件土地の賃貸借関係について抗告人主張のような事態が生じたとしても、それは民法五六八条所定の担保責任の問題として解決を図るよりほかないものというべきである。

(二)  抗告人主張の抗告理由(2)について

抗告人主張のような事由は、もともと執行抗告の理由とはなり得ないものというべきであり、所論はひつきよう独自の見解であるから、右主張は採用できない。

四以上のとおり、本件売却許可決定には、民事執行法七四条二項所定の抗告理由に該当する違法不当な事実は認められず、他に本件全資料によるも、原決定に影響を及ぼすべき法令の違反又は事実の誤認は認められない。

(中島恒 佐藤繁 塩谷雄)

抗告理由

(1) 本件建物は、最低売却価額金一六、一三〇、〇〇〇円と定められて売却され、抗告人(買受人)は入札価格金一六、五四〇、〇〇〇円をもつて昭和五九年七月二七日売却許可決定の言渡を受けた。

ところで、最低売却価額は、建物に付随する借地権が有効に存続していることを前提とする評価に基づいて定められたものである。しかし、借地権の基礎となる賃貸借契約によれば、特約として賃料の支払いを二か月分以上怠つたときは契約を解除することができる旨約されているところ、賃料は昭和五八年四月分から支払われておらず評価日である昭和五八年一一月一六日にはすでに八か月分滞納されていた。したがつて右賃貸借契約は評価日以後売却までの間に解約され、その結果借地権も消滅する可能性が極めて大きい状況にあつたところ、その後も賃料不払いが継続し、賃貸人は本件建物所有者である賃借人に対し昭和五九年五月一八日付同年六月一五日到達の書面で右賃貸借契約解除の意思表示をなし、右賃貸借契約は猶予期間満了の同年六月一八日の経過をもつて終了し借地権の消滅が現実化した。本件入札期日は昭和五九年七月一三日であり、契約終了は入札期日前である。しかも、売却許可決定の言渡がなされた昭和五九年七月二七日前の同年七月二〇日には賃貸人から申述書が提出され、それによれば賃料不払等による土地賃貸借契約終了を原因とする本件競売物件である建物収去土地明渡等請求の訴(横浜地裁昭和五九年(ワ)第一六七一号)が昭和五九年七月一七日提起され係属中であることが判明している。とりわけ賃借人である本件建物所有者本多力男が所在不明であることに鑑みれば、右明渡訴訟は早期の結審及び判決も予想され、その場合には本件建物は借地権付としての価値を失うばかりか、取り壊しも強制される結果となる。またそれまでにも本件建物の買受人は訴訟係属中であればその使用・収益等を事実上凍結せざるを得ず、そのために受ける損失も重大なものがある。

とくに本件建物は長期間居住者も不在であり、評価の理由中においても維持管理の状態は不良とされていることからもわかるように、買受人が有効に利用するためには修理・改装等が不可欠であり、訴訟係属ともなれば、この点においても支障をきたすことになる。

上記申述書においても競売手続の留保を含む適切な指定を希望する旨申述されていた。

以上のとおり、本件建物は競売手続の進行過程において評価の基礎となつた事実関係に変動を生じ、ひいては法律関係においても不確定な状態が惹起せしめられているものであつて右事情は売却許可決定前に裁判所においても判明していたのであるから、当初の最低競売価額を改めることなく競売手続を進行し、売却許可決定をなすことは、公正妥当な価格により換価を実現しようとする不動産競売の趣旨に反し、不当に高い値段での換価を認めることになり、買受人に損害を蒙らしめることが多大であるから、社会通念上不相当な違法なものである。

(2) また、抗告人(買受人)は、本件建物が借地権の付随したものであるとの前提で、入札価格を決定したものであるが、入札時にはすでに賃貸借契約は解除されていたのである。建物買受申出にあたつては借地権の存否は極めて重要な判断基準であり、仮に賃貸借契約が解除され借地権の存在が不確定な状況を認識していれば、抗告人は買受申出を取り止め、あるいは取り止めないまでもより低廉な価額で入札をするはずである。抗告人の物件に対する買受申出は要素に錯誤があつたものというべきである。なお、抗告人は入札に不馴れであること、買受申出時には賃貸借契約の解除に関する資料が抗告人のもとに届いていたこともなかつたこと等からすれば、抗告人に重大な過失があつたものということもできない。だとすれば、無効な買受申出に対してなされた本件売却許可決定は違法である。

(3) よつて、抗告の趣旨の裁判を求めるため本申立てに及ぶ次第である。

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